2017
5
Aug

お知らせ写真

プラチナ・パラジウムプリント

前回の記事で、”虚空の庭”のプリントにプラチナ・パラジウムプリントを使用していることを書きました。

プラチナ・パラジウムプリントは、その技法の原型の完成は1850年前後、と言われている、古典的なプリント技法です。
文字通り、プラチナと、同じ白金属の金属であるパラジウムで画像を形成するプリント技法となります。
プラチナ、パラジウムそのものにも僅かに感光性はありますが、本当に僅かで実用的ではないので鉄塩(シュウ酸と鉄の塩(えん、と読みます。しお、じゃありませんw ))の感光性を利用します。

鉄塩・・具体的にはシュウ酸第二鉄と、プラチナ(白金塩)、パラジウム(塩化パラジウム)を配合した感光液をまず作成します。

 

この感光液を紙に塗布して乾燥させます。

 

この紙にネガをあて、紫外線で感光させます。ピクトリコから、インクジェットプリントでプリント可能なネガシートが販売されています。

ネガは純粋な白、黒ではありません。紫外線が完全にブロックされるのが”純黒”ではないためです。真っ黒に当たるところに微妙に黄色、青色などを混ぜます。このため、プリンタ純正のドライバではない特殊なドライバーを用いてネガをプリントします。

 

この感光液塗布→ネガを当てて感光、の間、暗室を使う必要がありません。

銀塩などと比較すると、遥かにその感光性能が低いためです。
また、感光性の低さから引き伸ばし機が使えない、とされ、プリントと同じ大きさのネガ・・すなわち8*10のような大きなカメラで撮影するか、拡大ネガを作成し紙と密着させ、長時間露光させる必要がある、などかなり手間がかかるものです。

紫外線に感光したシュウ酸第二鉄は、シュウ酸第一鉄に変化します。
感光させた紙を、シュウ酸カリウムもしくはシュウ酸アンモニウムなどから作った現像液にひたすと、白金塩と塩化パラジウムがシュウ酸第一鉄によって金属白金(プラチナ)と金属パラジウムに還元されます。感光せずに残っていたシュウ酸第二鉄、還元されなかった白金塩や塩化パラジウムは現像液中に溶解してしまいます。

暗室じゃなくて良いので、像が出てくる瞬間なども目で見ることができ、写真も撮れちゃいます。

プラチナ・パラジウムプリントには定着作業は存在せず、現像したのちはクエン酸、EDTAなどの洗浄液にくぐらせて、残っていた鉄塩その他を洗い流し、最終的にはプリントの”黒”の部分が純粋なプラチナ、パラジウムとして現されます。

左下のシュウ酸カリウム(現像液)から始まって、反時計周りに液をくぐっていきます。

色々な液に使っている時間を管理するので、タイマー山盛り。

 

端的にいってしまえば、インクジェットプリンタのようにインクを紙に吹き付けてプリントを作っているのではなく、物質の化学変化を使ってプリントしています。

一時期はそのプリントの美しさから、プラチナ乳剤を塗布した印画紙も出回っていましたが、その後、プラチナ価格の高騰、そしてもっと安価でかつ感光性に優れた銀の化合物、ブロマイド印画紙などの登場によって衰退し、一度は完全に姿を消してしまいました。
プラチナ・パラジウムをはじめとして、古典技法と呼ばれる銀塩以前のアナログプリントプロセスは何かしら困難な点を抱えていて(だから銀塩に駆逐された)、時間も手間もかかるものでした。
が、このような困難に対して、デジタルカメラでの撮影並びにインクジェットプリンタを使って出力できるネガシートの登場などによって、容易な手段に代替(Alternative)し、現代の手法にアレンジするやり方が考案されています。このことから、近年古典技法をこのような代替手段を使って処理するプロセスを総じて”オルタナティブ・プロセス”と呼んでいます。

さて、薀蓄が長々と続いてしまいました(笑)
疑問に思われるのは「虚空の庭」では、なぜそんなメンドくさいプロセスを使ってプリントするのか?という点です。
前回の記事にも少しだけ書いているのですが、一点は粒子の集合体としてのプリント表現のため、もう一点はグレーの諧調・・虚空の庭ではグレーしか使っていない・・がとても豊かに出てくるように感じられる点です。

虚空の庭のシリーズを作り始める少し前に、初めてプラチナ・パラジウムプリントに出会いました。栗田紘一郎さんと平竜二さんの作品でした。
アナログプリント=銀塩プリント=RCペーパーorバライタ印画紙、しか知らなかった私の目に、和紙(雁皮紙)とプラチナ・パラジウムプリントの美しさはあまりにも新鮮、かつ鮮烈に映ったのです。
余談ですが、このお二人の作家のプリントは一点ずつ所有しており、今もバイブルのように日々眺めております(笑)
ただ、この時点では、この技法はあまりに敷居が高いように感じられて、将来自分が手を出すことになるなんて夢にも思っていませんでした。

プラチナとパラジウム、光と2つの金属の化学変化が生み出す複雑な連続量は、グレーという最も平板で中庸な色に表情を付加してくれます。

RCペーパー、バライタしかほぼ選択肢がない銀塩プリントに比べて、プラチナ・パラジウムは様々な支持体・・・とりわけ和紙が使えることも大きいです。
私自身、デジタル、インクジェットプリントでも和紙は多く使っていますが、その薄さによる光の透過や、自然の起伏による立体感の増感など、その支持体としての可能性は極めて大きいと考えています。
アナログ処理による豊かな諧調表現、そして和紙がもつ性質によって生まれる質感と立体感・・これらがグレー一色の「虚空の庭」をより豊かなものにしてくれています。(と思っていますw)

プラチナ・パラジウムプリントにご興味を持たれた方は、ぜひ田村写真さんにお問い合わせしてみてください。
月に1回、プラチナ・パラジウムのワークショップを開催され、その知識・技術・実績はピカイチです。
また、プラチナ・パラジウム以外のオルタナプロセスや、湿板などのワークショップも開催されていますし、プラチナ・パラジウムの依頼プリントにも応じてくれます。
また、上の方でプラチナ・パラジウムは感光能力が低いので引き伸ばし機が使えない・・と書いたのですが、この約150年間の常識を覆して35mmネガ、ブローニーネガから引き伸ばして大きなプラチナ・パラジウムプリントする独自の技術を開発され、現在このプリント処理も受けてくださいます。35mmや中判カメラなどをお使いの方や、以前撮影されたモノクロ・ネガをお持ちの方なども、ぜひ一度試してみていただければ、と思います。

また、実は薬浴や水洗を重ねるプラチナ・パラジウムプリントでは、今まで和紙の利用は大きな関門がありました。
水洗中に敗れたり、溶けてバラバラになってしまうからです。
しかしながら、PGIから発売されている土佐白金紙、アワガミファクトリーから発売されているプラチナプリント用和紙、アワガミプラチナプリントペーパーなど、耐水性や感光液の塗りやすさに優れる和紙が市販されるようになって、かなり取っ掛かりやすくなっていると感じています。

ちなみに、今回のプリントは全てアワガミファクトリーのプラチナプリントペーパー、雁皮60g/m2を使い、田村写真さんに丸々二日間閉じこもって制作しております。

このシリーズほど、デジタルイメージと実際のプリントに落差があるプロジェクトも早々ないと思います、われながら(笑)
スペースにも限りがあり、上記のような手間から多くのプリントは作れないので点数も多くはないのですが、ぜひギャラリーで実物をご覧いただければ、と思っております。

 

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